12/21「モルスリウム」

「モルスリウム」

先日大千秋楽を迎えたライブ声劇『モルスリウム』いかがだったでしょうか?

興奮冷めやらぬうちに、トーク会ではなかなか語り尽くすことの出来なかった内容も少し触れたいと思い、普段はお仕事についてコラムを書くタイミングがありませんが不慣れながら筆を取ってみました。

まずは、長い長い3週間の公演、
本当にありがとうございました。

遠方からご足労頂いた方も、オンラインで貴重なお時間を割いて頂いた方も、感謝の気持ちでいっぱいです。

宝物のようなこの3週間を、今見てくださっているあなたと少しでも共有出来ていたのなら幸せです。

初めて取り組む「ライブ声劇」

人生の中で「声劇」というジャンルに触れたことは幾度かございましたが、実際にこのような形で演技に取り組むのは初めてでした。

というのも、私は数年前nanaというアプリで90秒ほどのさっくり演じられる台本を書いていました。

形式上初見で収録するのが難しい台本のため、演じる方には何度も何度も内容を聴いていただき、台詞のタイミングがしっかりはまってはじめて成立するカラオケのような台本でした。

その頃から「誰か」と「リアルタイムで掛け合い」をすることが一切なく、普段のお仕事でもそうですが、専らマイク前で会話のない壁打ち演技をしていました。

声劇をオンライン上で行う界隈があることも存じておりましたが、声優とは名ばかりで情けないお話、九重は如何せん人見知りが激しく生で演技をすると照れが混じってしまうというのと、ボイスサンプルのように台詞全てを完璧なものに仕上げてから世に出したいと、生の掛け合いからずっと逃げておりました。

ですが今の今までそういったことにも触れず過ごしたことを激しく後悔しました。

言い方は悪いですが、演じるうえで音で騙すことに慣れてしまっておりました。

もちろん想像上で相手との会話を描き、それに答えることは声優業で必要なテクニックではありますが、『本当に心のこもった演技』とは何か、『人間の発する熱量を込めた言葉を受け取った時に出るものは何か』このモルスリウムを経て1度自身の凝り固まってしまった演技への概念を根底から覆すこととなりました。

役作りについて

私が頂いた役は『クロ』。

クールで寡黙ですが、誰より仲間を大切に思い、仲間のためなら死を厭わず率先して戦う不器用ながらも心の優しい女の子でした。

初めて台本を読んだ時はなんて生き様の美しいキャラクターなんだろうと思いました。

いつもお仕事では、おどおどしている引っ込み思案な女の子、天真爛漫で素直な子や、陽気で元気な生意気系の子、どこまでも無垢で純粋な女の子など……

共通することが「ハイトーンであざとい可愛さ」のある配役が多くありました。

そういう子たちって、もちろん台詞数も多く表に出て分かる心の動きをするので、さほど深く台詞の意味に深く囚われることもなく演じてきましたが……

その中で頂いたクロという役は、正に真反対で初回の読み合わせからかなり苦戦することとなりました。

まず私が壁にぶち当たったのは「感情表現」でした。

青、赤の台本をお手に取って下さった方は見ていただきたいのですが、クロは「○○○、○○○。」のように句読点が多く、また言葉数も少なく、そして自分の気持ちを素直に出すことができないので、短い台詞の中で感情の細やかな動きを乗せていかないとまるでロボットのように聴こえてしまうとても難しい役柄でした。

初回稽古では、とりあえずこういう時は初めは形からだと思い、クロに似たキャラクターを探し、声のトーンから作っていこうと試行錯誤しましたが、監督の関木愛さんにはバレていました。浅はかでした。

返しの最中に私の演技をなぞって監督も演じて下さるのですが、それがまた的確すぎまして!

客観的な聞こえ方を教えてもらい、「感情が死んでいる………。」と気付かせて頂き、初期の録音はそれが顕著に現れている為今聞くとなかなかに恥ずかしいです。

そしてかなり鬼門になったのが、クロがスポットキャラクターとしてピックアップされる「解明編」の終盤です。

最初に読んだ後、「九重さん、これは…かなり、要練習ですね…。」と苦虫を噛み潰したような声で言われたことを今でも覚えています。

解明編はストーリー上掴みの部分である事が大きく、お稽古も解明編からスタートでしたのでクロへの道のりの険しさを感じました。

登山1合目です。

クロを演じる上で「これ以上の声のトーンを使うと私が思う彼女の声ではなくなってしまう」「ふとした瞬間にお客さんが別のキャラクターを想起してしまったらどうしよう」と、無意識的にストッパーをかけてしまっていたのですが、「解明編の終盤はクロが1番素直に、女の子になる瞬間です。だからもっともっと出しても大丈夫だし、普段わざと低く喋る子が、ふいに感情に任せて本来の女の子らしい声が出てしまったっていう、その声がクロなんです。そして、共通ルート以降とのそのギャップがクロの魅力の1つなんです。」と教えてもらい、その瞬間に私の中のストッパーがぱきりと折れてなくなった感じがしました。

こんなに素晴らしい作品を、私の拙い演技のせいでないがしろには絶対できないと、九重のわがままで監督には個別稽古にたくさん付き合って頂きました。

現場を中心で回されていて、他のキャストさんとのお稽古もある中でとてもお忙しそうでしたが、嫌な顔ひとつせず、むしろこれでもかというほどの熱量で、心から丁寧に演技について返し、ご指導頂きました。

その甲斐あって全体稽古では少しずつ感情表現も良くなり、座長のいかさんにも優しく、とても分かりやすいディレクションを頂き、回を重ねるにつれて理解を深め、現在のクロへと落とし込むことができました。

演じる機会こそなかなかない役柄ではありますが、言葉にすることが不器用なところや、口下手なところ、九重自身との共通点を見つける度にとても嬉しくなり、彼女に1歩ずつ近づけることが幸せでした。

人と人との繋がり

もうひとつ、役作りにおいて不安というか、うまくできるかなあと心配だったことがコミュニケーションでした。

長いコロナ禍で、普段ほぼ在宅で仕事を終わらし、打ち合わせも通話上のものが多く、現活動者さんと触れ合う機会はほぼ皆無に等しかったので、読み合わせや顔合わせの際は高級錦鯉の中にメダカの稚魚が紛れ込んだみたいな感覚で心臓がはち切れそうでした。

今まで宅録で壁打ち演技をしていた中で、こんなに濃密に役者同士でセッションを繰り返すことが私にとって非日常そのものです。

私は和装のグループ、所謂「青チーム」側だったのですが、青チームはお話の中でも特に絆というか、結束力や家族感が強くギンを演じるテラゾーさんやマツカゼを演じるちゃげぽよ。さんのことをもっと知っていかないと…!と気を張っていました。

ですが、脚本を演じていきキャラクター同士が人を思いやり、助け、幸せを願う。

そんな心の動きを繰り返すうちに、いつの間にか演技ではなく本当に役者同士の絆が生まれたように感じ、本番ではギンが泣いたらマツカゼもクロも泣き、マツカゼが苦しそうならギンもクロも苦しくなり、クロが窮地に立たされたら2人は本気で心配してくれる。

回を増すごとにキャストのお二人と会話も増え、すごく優しくして下さり、本番幕裏ではティッシュの回し合いが頻繁に起こるほど青チームは本当の意味で家族になれたんじゃないかなあと、思います。

キャラクター同士が自然に会話を繰り広げる為に役者さんの演じ方やものの価値観、キャラクターへのこだわりなどを知ることはもちろん大事ですが、今回それすら必要ないくらいに、演技は言葉などいらないことに気付かされました。

これもモルスリウムの生みの親である脚本家の畑下はるこ大先生の秀逸な文章だからこそ、それに気付けたのだと感謝しております。

素敵な物語を、本当にありがとうございました。

また、台本上グループこそ違いましたが赤チームのレイモンドを演じる梵人さん、ケヴィンを演じる奏音69さん、メリエを演じる藍月なくるさんにも本当に本当に良くして頂きました。

楽屋ではそれこそチーム関係なく、和気あいあいと面白い雑談が飛び交って、私もこの空間にずっと居たいな、モルスリウムが毎週ずっと続けば良いのにと、一分一秒でもこの現場に長く居たいと思えるほど穏やかで幸せな時間でした。

長くなってしまうので割愛させて頂きますが、監督をはじめ皆さんとそれぞれひとつ、何かしら共通の話題を持てたことが泣きそうなほど嬉しかったです。

この座組が大好きです!

さいごに

私だけ活動の拠点となるプラットフォームなどがなく、声優としてこれからどうしよう…と思っていた時に、このライブ声劇「モルスリウム」にお誘い頂き、実際に舞台に立って自身に落雷が落ちたような感覚というか、「ずっとやりたかったことはこれだったんだな」と宝石を見つけた気持ちになりました。

例えば、

台本を読み込み役作りをして悩んで書き込みをしている瞬間。

全体稽古の返しを頂き、自分の演技を俯瞰して考えられる瞬間。

役のことを考えているうちに、その役へ恋してしまうほど心がときめいてしまう瞬間。

1on1の掛け合いで感情が昂り台詞を食う瞬間。

自分ではない人の演技の熱量に影響されその時役者全体の空気が切り替わる瞬間。

幕前で実際にお客さんの笑い声や鼻をすする音が聞こえて来る瞬間。

その一瞬一瞬が不確定で、自分でも何が起こるか分からないからこそ愛おしくて、かけがえのない宝物です。

パンフレットのキャストコメントにも書かせて頂きましたが、そういう全てのものが合わさってこのライブ声劇は「瞬間芸術」なんだなとこの身をもって実感致しました。

トーク会などは本当に慣れておらず、お見苦しいところを何度もお見せしてしまいましたが、取り繕いのない「九重なゆ」自身がどんな人か知って頂けたら嬉しいです。

私もカーテンコールやトーク会では何度も皆さんのことを目に焼き付けようと視線を送っていました!

私を知って頂いた経緯がどのようなものであれ、今この瞬間にあなたへ作品を届けるお手伝いが出来ていたのなら、声優人生でこの上ない幸せです。

頂いたお手紙も、大切に致します。

長くなりましたが、まだまだ書きたいことは沢山あるので今後も「モルスリウムロス」をしながらちらちらと呟くことが多くなるかと思います。

監督、関木愛さんの届ける物語はこの先も沢山続いていくことと思いますので、私もその1部になれたら嬉しいです。

そしてまずは来年のモルスリウム再演!

からのボイスドラマ化…!

まだまだ終わらないモルスリウムを、クロを引き続き見守って頂けたら嬉しいです。

皆さまもお身体にはおきをつけて、どうかご自愛ください。

それではまた作品でお会いしましょう🌼

令和2年12月21日 九重なゆ